2024年9月24日火曜日

「おカネと結婚は関係がない」「おカネがなくても結婚はできる」

 たとえば、9ブロックの人が、おカネもちで、結婚していたとしよう。その人が、「おカネと結婚は関係がない」と言ったとしよう。

けど、おカネがあるほうが、おカネがないほうより、結婚において有利なのだ。

だから、おカネと結婚は、関係がある」と言うべきだ。

たとえば、1ブロックの人が、結婚していたとしよう。1ブロックの人たちは、おカネがない人たちだ。けど、特別にルックスがよくて、1ブロックのAさんが、結婚できたとする。

そして、9ブロックのBさんが、Aさんを例にして「おカネと結婚は関係がない」「おカネがなくても結婚はできる」と言ったとする。

「おカネがなくても、結婚ができる」という発言の、背景には「おカネがあると、結婚しやすい」「おカネがないと結婚しにくい」という考え方がある。だから、背景にある考え方は、「おカネと結婚は関係がある」というものなのだ。

背景というのは、ようするにメタ的な背景だ。その発言がなされる背景にはどういう考え方があるのかということを考えたほうがいい。関係があると思っているから、特殊な例をあげて、関係性を否定したいのだ。

ところで、1ブロックのAさんは、結婚できたけど、ほかの1ブロックの人は、どうだろうか。

たとえば、9ブロックの成人は90%が結婚しているけど、1ブロックの成人は10%としか結婚してないという場合について考えてみよう。

これは、仮定の話だ。9ブロックの90%が結婚していて、1ブロックの成人が10%としか結婚してない場合、おカネがどの程度あるかということは、結婚するかどうかに関係があるということを意味している。

おカネをより持っていたほうが、結婚しやすいということだ。

9ブロックのBさんは、自分が1ブロックの90%よりも、結婚において有利だということを、無視しているのである。そして、1ブロックの結婚できたAさんを例にして、 「おカネと結婚は関係がない」「おカネがなくても結婚はできる」と言うのだ。

そりゃ、事実Aさんは結婚している。

けど、1ブロックのなかで結婚している人は例外なのだ。少数派だ。少数派を例に出して、一般的な関係、あるいは、一般的な関係性について語るというのは、フェアじゃない。

事実Aさんは結婚していると書いたけど、もちろん、仮定の話のなかの、事実だ。

 

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