2026年11月4日水曜日

2026/11/04 2:05

 ものすごく、さみしい。『自分の人生はなんだったんだ』と思う。不安が襲ってくる。こまったなぁ。どうやって、やりすごすか?

ただが、歯医者に行くだけで、時間調整をしなければならなくなる。けっきょく、時間調整に失敗した。完全に、失敗した。これは不安をさそうものだ。行けるかな?

体のことで、もうふたつ、不安になることがあるのだけど、それは、書かない。ここには書かないけど、体のことで不安がある。

アマゾンプライムビデオで、2倍速再生が可能になっている。これは、ずっと前から欲しかった機能だ。ドラマを2倍速で視ようと思って、視てたのだけど、つまらなくて、続かなかった。ドラマを視続けて、つかれたら、眠ってしまおうと思っていたのだけど、無理だった。もう、考えたくないのだ。まあ、ドラマを視ていても、むかしのことを考えてしまう。自動的に、考えてしまう。だから、ドラマで、不安が消えるということはない……。ただ、なにも視ないでいると、気が狂いそうなときがあるので、なにかを視て、気をそらすというか……不安に対処したいと思っている。ドラマではなくても、コントとかマンザイとか落語とかを視たいと思っていた。

不安の本質は……そういうことでは、消えない。しかし、耐えられない時間を、どうにか、消費して、眠ってしまいたい。

なんか、ひとりで不安にたえることがむずかしい。むずかしくなっている。むかしとは、ちがう。まだ、むかしは余裕があった。人生の時間という意味で時間的な余裕があった。けど、いまは、思う。「なんだったんだ」と。俺の人生なんだったの?

昨日も書いたけど、老人ホームで生活して、病院で死にたくない。中級(中流)老人ホームに入っていられるカネは、たぶんない。途中で、おカネがなくなったら、どうなる。

10年間が短い。20年間が短い。30年間も短い。これ、思ったよりも短い。しかも、ぼくの場合、いやなことが、強烈に頭のなかに残ることになっているので、10年前のいやなことを考えて、「もう、あれから10年たったのか」と思ったりする。10年たった感じがしない。そこから、類推して考えると、このさき10年も、短いと思える。

ともかく、不安が襲ってくる。さっき、寝床の中で、めちゃくちゃな不安に襲われた。お湯を飲んで、落ち着こうと思って、起きてきた。まあ、お茶でもいいのだけど、お茶は飲みすぎになっている。もう、すでに飲みすぎだ。

不安なんて消えないよ。俺のことを大好きな美少女メイドが一緒に住んでくれるわけじゃないのだから。

ともかく、かなりひどい状態で、歯医者に行くことになるだろう。眠りたいときに動くということになるだろう。いやだなぁ。

まあ、学校も嫌だった。長期騒音で、学校に決まった時間に行くということが、ものすごくむずかしいことになった。これも、ほかの人にとっては、なんでもないことなのだけど、ぼくにとっては、死ぬか生きるかの問題だった。切羽詰まっていた。不安だった。ほかの人にとってはなんでもないことであるのは、ほかの人には、家族による長期騒音がないからだ。あれば、ほかの人だってちがう。めちゃくちゃに憂鬱な時間になる。めちゃくちゃに不安な状態になる。 

2026年11月3日火曜日

2026/11/03 7:20

眠れなくなった。入眠時間が、ずれまくっている。大きくずれた。

あと、もう、書いたから、詳しく書かないけど「君じゃなくて彼だよ」とこたえても、相手が傷つくことはないと考えて、即座にそう書くべきだったと思った。

相手が傷つくんじゃないかと考えて、いろいろと、送信する前に、書いては、消して、書いては消してということを、繰り返した。

あとは、並行して5人の人と話していたので、そっちの方の受け答えもしなければならなかった。「彼にじゃなくて、わたし(翻訳者)と話すということなのか)」という質問に対して「それは、ちがう」という意味で「No」とこたえたのだ。

しかし、翻訳を希望した人たち(スペイン語を話す人たち)は、それが、ぼくに話しかけていいかという(自分たちの)問いに対する(ぼくの側の)こたえだと思ったらしいんだよね。

ちがうんだよね。英語で書くことにこだわって、日本語で書かなかったわけだけど、日本語で書いてもよかったかなと思う。まあ、翻訳をしてあげると言った人(相手)は、日本語もいちおうは、わかったわけだからな。

けど、日本語を学び始めて4か月という感じだったから、やっぱり、英語でいこうと思ったんだよね。ともかく、まあ、スペイン語を話す人たちは、ぼくに「あなたとおしゃべりがしたい」ということを言って、ぼくが「No」とこたえたと思っているのだから、いやな気持ちになったと思う。

スペイン語を話す人たちの話を、英語に翻訳して、ぼくに伝えるから、スペイン語を話す人たちと話すか」という問いに対して、ぼくは「Yes」とこたえたんだよ。そうしたら、その「Yes」というのは、「わたし(翻訳者)と話すということなのか」ということを、翻訳者がぼくに聞いてきたわけ。

いや、スペイン語の人たちと話すという意味だよ。そういうふうに(翻訳者)が(ぼくに)訊いてきたわけだから。だから、そのまま、翻訳してくれればよかった。

ともかく、スペイン語を話す人たちは、ぼくから拒絶されたと思っているわけね。

ともかく、「君じゃなくて彼だよ」と英語でこたえておけばよかった。

別に、それで翻訳者が傷つくわけではないと思う。

けど、傷つくような感じがしたんだよな。

それを説明しようとしたのだけど、書いては、消して、書いては消してを繰り返した。いろいろと気にすると、どの文も、ある程度、相手(翻訳者)の気持ちを傷つけるような感じがしたからだ。

けっきょく、スペイン語を話す人たちの気持ちを傷つけてしまったわけ。別々の話題で、5人の人を相手にしていたから、それで、忙しかったというのもある。

ともかく、好意をもって、話しかけようとしたのに、拒絶されたわけだから?……そりゃ、おもしろくない気持ちになるよなぁ。誤解なんだけどさ。


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