今日は、もう、つかれまくった感じがする。
もう、すでに、つかれている。
しかたがないなぁ。まあ、昨日のことはしかたがないのだけど、連想的に、棟梁のことを思い出して、腹が立ってしかたがない状態になった。
これ、何度も書いているけど、依頼主のぼくが「やらないでください」と言ったことを、俺がいないうちに、やってしまうなんていうのは、よくないよ。トラブルを生み出す行為だ。
それが、人助けだと思っているんだよな。自分のやり方で、相手にやってやりたいことをやれば、いいのだという考え方が、根本にある。
ところが、過去の脳梗塞で頭が影響を受けているのか、棟梁は、普通の人だったら気がつくことに気がつかないんだよな。棟梁は、どうも、脳梗塞になったことがあるらしい。
あれ、プロを自称していて、リフォーム関係や家関係のことについては、ものすごい知識があると思っているのだけど、注意不足で、気がつかないことがあるんだよな。棟梁が、気がつかないわけ。
普通だったら、玄関のまえから、ステップの横に伸びているパティが、大根のように、地面の奥まで刺さっているということに、「抜くとき」に気がつくはずなんだよな。
棟梁が抜くところを見ていないから、なんとも言えないけど、たぶん、一気に、がすっんと、勢いよく引き抜いて、なんとも感じなかったのだろう。
たぶん、気がつかなかったのだろう。普通の人なら、一気に、勢いよく引き抜かず、よく見てから、普通に時間をかけて抜こうと思うから、気がつくはずだ。棟梁は、普通の人以下だ。
これ、棟梁は、ものすごいプライドがあるんだよ。家一軒立てられるというプライドがある。こういうことに関しては、ほかのやつには負けないというプライドがあるのだ。
けど、注意力がない。もともとの性格なのか、脳梗塞の後遺症なのかわからないけど、普通の人よりも、注意力がない。思い込みで、一気に、気にせずやってしまうタイプだ。
「とらないでいい」「ここはいじらなくてもいいです」と……俺が、言ったのに、棟梁がやりたいことを、棟梁がやってしまう。俺のためにやっているという意識が、棟梁のなかでは成り立っている……みたいなのだけど……そんなのは、意味がない。
俺が言葉でちゃんと「やらないでください」と言ったのだから、俺が言ったことを優先するべきだ。ところが、一度関係ができたから、やっていいのだ」というへんな考え方があるんだよね。「一度関係ができた」というのは、俺がやってほしいことを、棟梁がやったということが、一度、あったということなんだよね。
一度、相手がやってほしいことをやってあげたら……それで……「関係ができた」ということになってしまう。「つきあいができた」ということになってしまう。
一度、「つきあいができた」ら、自分が「いい」と思うことを、やって「いい」ということになってしまうのだ。一度、「つきあいができた」ら、自分が「いい」と思うことを、やって「いい」間柄だということに、なってしまう。
棟梁のなかでは、そういうことになってしまうみたいなのだ。
けど、「棟梁のうち」のことではなくて、「ぼくのうち」のことなんだよね。ぼくが言うことを優先しなければならないだろう。「ぼくのうち」のことなのだから、ぼくの意見に従うべきだ。それがわかっていない。
棟梁が予見できるトラブルというのは、棟梁が予見できるトラブルなんだよ。棟梁が予見できないトラブルが起こるんだよ。実際おこった。だから、うちのことや、パティのことを知っているぼくが、「いじらなくていい」「やらなくていい」と棟梁に言ったのだ。俺が言ったことを無視して、勝手に動いてしまうなんて、ない。こんなの、ない。
しかも、「もし問題が生じたら、ちゃんと、無料で修理してやる」「もし、問題が生じたら、すぐに駆け付けてやる」と(棟梁が)言っていたのだけど、問題が発生たとき、棟梁は入院していて、駆け付けてくれなかったのである。当然、入院していたので、修理もしてくれなかった。
だから、そういうことがあるから、「いじらなくていい」と言ったのに、きちがい的な強情さを発揮して、しつこくしつこく、やってやるやってやると言う。けど、「やらなくていい」と言い切って、自分部屋に戻った。
俺が、基本的に言って……長期騒音の影響で、36時間ぐらい連続して起きているときだったんだよね。「やらなくていい」「いじらなくていい」とぼくが言ったところを、勝手に棟梁がいじってまったのだ。
やってしまったのだ。「やったあとに、報告すればいい」という考え方が、棟梁の頭のなかには、悪意なくあるみたいなのだけど、「やったあとに、報告」したって、ダメなものはダメなんだよ。
『やらないでくれ』と相手が言ったことを、相手がいない間にやってしまうなんて、ひどい。ところが、(棟梁には)まったく悪意がないんだよ。(棟梁は)まるで問題だと思っていない。
そういうところの、「感覚のズレ」がいちいち、俺の感情を……悪い意味で……揺さぶるのである。はっきり言えば、ストレスを感じるのである。腹が立つのである。
俺がとらなくてもいいと言ったパティ……をとって……「これは、産業ゴミとしては捨てられないから、自分で捨ててくれ」と俺に言うのである。こういうの、なんなんだよ。
なんで、俺がとらないでくれと言ったパティを、俺が自分で捨てなきゃならないんだよ。
これ、いくら、80代後半の「古い人」でもおかしい。80代後半の老人だから、怒鳴りたくないという気持ちが(ぼくには)あった。
どうして、「古い人」にやってもらわなければならなかったかというと、「古い人」じゃないと、家の構造がわからないのだ。家の構造がわからないと、「気がつかない侵入経路」が残るかもしれないので、「新しい」人に頼るのは、いやだった。
もともと、家が古すぎるので、普通のリフォーム業者の人には、わからないことがあるのだ。むかし、大工として働いていた棟梁のほうが、家構造を知っていると思っていた。実際、そうなのだけど、それと、パティの性質をよく知っているかは、別なのである。
あれ、棟梁は、自分(棟梁)がパティをとっても、あとで、ぼくがつけることができると思っていたみたいなのだけど、ちがうのだ。あの手のパティというのは、つけたあと、徐々にかたくなる性質があるので、一度つけたところから取ったら、新しいパティをつけなおさないといけないのだ。
もともと、時間がたった場合、一度(その場所に)つけたパティを、とって、またつけなおすということは、できない。とってしまったものをつけられるかというと、たいていの場合つけられない。時間の経過と形状が関係するけど、時間がたてば、粘着力がなくなる。かたくなる。
ともかく、棟梁とのトラブルは、不愉快さが爆増するようなトラブルで、堪忍袋の緒が切れていたのだ。堪忍袋が切れた。まあ、当の棟梁は入院していたので、こなかったわけだけどね……。ものすごくあとになって……かわりに、社長がきたのだけど、これがまた、やっかいなのだ。かわいてかたちが固定されているやつをとったら、もう、だめなんだよ。それをまた、利用するということはできない。
棟梁も棟梁で(ひとり)会社をもっていて、社長も社長で会社をもっているんだよ。棟梁と社長は、親類関係があるみたいなんだよ。
でっ、これが、やっかいなのだ。やる人は、棟梁ひとりなのに、受付窓口が二つあるような状態だ。そして、棟梁が、つれてくる人が、また、やっかいなんだよな。一度、棟梁の知り合いの……棟梁とおなじような仕事を知っている人を連れてきたことがあるのだけど……こいつが、じみにトラブルを起こした。
棟梁が連れてくる人間は、問題がある。でっ、これも、ひとつの会社に、棟梁と棟梁の知り合いが属しているわけではないのだ。あくまでも、棟梁の協力者なのだ。
けっきょく、協力しなかったんだけどね……。もう、棟梁関係のことは、トラブルばかりで嫌だった。ところが、もうひとつ(見積もりを)頼んだネズミ対策リフォーム業者が、これまた、問題がある業者だったのだ。見積もりにきたやつが、問題のあるやつだった。
親父の転院が続いて、余裕がないんだよ。こっちには、余裕がないの……。転院と言っても、もともと入院している病院を退院して、新しい病院に入院しなければならないのである。
でっ、もともとの病院と言うのも、でかい病院なのだけど、なにかの『科』がたりなくて、総合病院ではなかった。
だから、わさわざ、総合病院に転院して、あれやこれやの手術を(親父が)受けなければならなかった。
総合病院に入院する手続きも、総合病院から退院する手続きも、たいへんなんだよ。総合病院から退院して、もと、病院に戻るわけだけど、この時点で、総合病院を退院する手続きと、元の病院に入院する手続きをしなければならないのだ。
何回も、もともとの病院と総合病院を移動したのである。もともと、長期騒音で、睡眠回路が破壊されている状態で、ぼくは暮らしていたのである。
いまもそうなんだけど……。長期騒音に関して、親父がどうだったかというと、あらんことか、黙認というかたちで、長期騒音が続くことを支援していたとも、言えるのだ。ともかく、長期騒音の後遺症で、睡眠回路が完全に壊れている。なおらない。
だから、睡眠回路が破壊された状態で、ネズミ自体と親父の転院に対応していたわけで、(ぼくには)余裕がなかったんだよ。そのうえに、ネズミ対策工事のトラブルがつみかさなる。こんなの、ぼくが「やらないでいいです」と言ったら、やらないようにする「普通の工事人」だったら、発生していないトラブルなんだよな。
じゃあ、なんで、棟梁を選んだのかというと、前述のとおり、古すぎる家の構造を知っている人が(めったに)いないからないのである。
けど、古い家としても、うちは、かわっていたらしく、棟梁が取り付けるつもりで、つくったものが、実際には、取り付けることができなかったということが発生している。「こんなうち、はじめてだ」とか棟梁が言っていたけど、これだって、どれだけ時間がかかっていると思っているんだよ。ネズミの侵入がとまらないだろ。
昨日の作業における、トラブルは、それほど腹が立たないけど、棟梁とのトラブルは、猛烈腹が立つトラブルなのである。こっちが「やらなくていい」と言ったことを、やってしまうタイプの人間とのトラブルというのは、ぼくのなかで、相当に腹が立つトラブルなのである。
まあ、モミジの木に関しても、けっきょくはそうだったわけだけど、問題点について相手がちゃんと認識しているんだよな。
営業の人が、俺が言ったことをすっかり忘れていて、ちがう場所の処理と勘違いして、「横から切っていい」と実際に、作業をする人に言ってしまうのである。作業をする人にも、前日、言っておいたのに、作業する人が、俺に聞かないで、営業の人に聞いてしまったんだよな。
俺が家にいるのだから、ピンポンを押して、(自信がない部分については)訊いてくれよ。実際、作業をする人も「なにかあったら、訊きますから、出てきてください」と言っていたのだ。俺は、家にいた。ピンポンを押されたら、出ていく状態で待機していたのだ。
まあ、けど、営業の人も間違いを認めて、あやまってくれたし……。「まあ、いいや」という気持ちになる。
ところが、棟梁のような押しの強い人で、けっきょく、謝罪をしないし、責任をとらない人だと……ぼくは、腹が立って腹が立ってしかたがない状態になる。
「だから、言っただろ」と言う気持ちになる。
押しが強いやつというのは、いったい、なにを考えているんだろな。
商売なんだぞ。請負業なんだぞ。依頼主が「やるな」と言ったことを、やってしまったら、トラブルがしょうじるだろ。
デフォルトで、その考え方は、トラブルが……とてもしょうじやすい……考え方なんだよ。
『自分が相手にやってやりたいことを、相手に(相手のカネで)やってあげる』……その考え方自体が、トラブルを引き起こす考え方なんだよ。
(話の流れから言って、こっちに書いたけど、こっちに書くことじゃないんだよなぁ)