2024年9月11日水曜日

「足が長いからといって、しあわせとはかぎらない」

それから、 第1要素のおカネ、第2要素の妻、第3要素の子ども、第4要素の仕事、第5要素の友人という要素を考えた場合、「Xがあっても、しあわせとはかぎらない」とは言える。

これは、なにも、「おカネ」だけではないのである。

「おカネがあっても、しあわせとはかぎらない」とだけ言われることが多いのだけど、それは、なにかしあわせにかかわる要素すべてに言えることなのだ。「あっても」が「いても」とか「もっていても」とか「していても」とかわる場合もあるけど、意味はおなじだ。

たとえば、「妻がいても、しあわせとはかぎらない」「子どもがいても、しあわせとはかぎらない」「仕事をしていても、しあわせとはかぎらない」「友人がいても、しあわせとはかぎらない」「いろいろなものをもっていても、しあわせとはかぎらない」というようなことが、言える。

「Xがあるから、しあわせとはかぎらない」という表現は、たいていの場合において成り立つ。「Xをもっているから、しあわせとはかぎらない」という表現もおなじである。「Xだからといって、しあわせとはかぎらない」という表現もおなじである。

たとえば、「手が大きいからといって、しあわせとはかぎらない」「腕が長いからといって、しあわせとは、かぎらない」「足が短いからといって、しあわせとはかぎらない」「顔がでかいからといって、しあわせとは、かぎらない」……などなど。

これらの文は、文としては正しい。「おカネがあるからといって、しあわせとはかぎらない」……文としては正しいと言えるだろう。しかし、その正しさは、ほかの要素……しあわせとなんとなく関係がありそうなほかの要素にも、成り立つ正しさなのである。

まあ、足の短さよりも、「おカネ」のほうが「しあわせ」と関係がありそうだからこそ、「おカネがあるからといって、しあわせとはかぎらない」と言われる機会のほうが、「足が短いからといって、しあわせとはかぎらない」と言われる機会よりも多い。

「足が長いからといって、しあわせとはかぎらない」と言ったほうがよかったかな。


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