それにしても、思い通りにならないなぁ。反ワクなんて少数派なのに、その反ワクのなかで、インテルとインテル信者がいる。インテルがやってきたことが凶悪なんだよな。あー、いやだいやだ。
昨日から、まるまるというレギュラーコーヒーを飲んでいる。ストスレがたまると、どうしても、コーヒーが飲みたくなる。じつは、からだがかゆくなる。名称を出してしまったけど、これは、まるまるのせいじゃない。どんなコーヒーを飲んでも、からたがかゆくなることは決まっている……。けど、名称は、かくしておくかな。
まあ、この時点で、俺が生きているということが重要なことだ。まだ、勝機はある。しかし、みんな、まったく気がついてないからな。この時点でまったく気がつかないやつのほうが、多数派なんてありえない。どんだけ、鈍感なんだよ? 鈍感すぎる。もう、いやだ。
あとは、なんと言うか、この後の希望なんだけど、あんまりないなぁ。これは、世界がどうとかということではなくてぼくの問題だ。ぼくの感性が……。自分の文脈というのがある。これ、相当に、しあわせな状態になったとしても、しあわせだと感じない。しあわせな状態というのは、むかし……ぼくが考えたしあわせな状態だ。むかしは、それで、しあわせになれると思っていた。けど、しあわせにはなれない。もう、ここにくるまでに、ぼろぼろになっているからだ。もう、むかしのような感性じゃない。ぼろっぼろに、ちぎれた。ちぎれた感性で暮らしている。もう、むりだ。普通に楽しむことができないのだから、おしまいだ。どこに行ったって、だれと暮らしたって、もう、むりだ。ひとりで暮らしたって、もうむりだ。けっきょく、もう、むりなのである。
ほんとう、いろいろと、ありすぎた。若いときは、なかったから……あったけど、量がすくなかったから……なんとか、希望をもつことができたんだな。いまは、こうだけど、こういう状態になればしあわせになれるはずだ……。そう思うことができた。もう、そう思うことができない。