いま、ちょっと、文章を書いたところなのだけど、憂鬱な気持ちになっている。まあ、文章自体の問題ではない。普通の憂鬱だ。普通の憂鬱。ぼくにとって、普通の憂鬱。ずっと、こんなもの。こんなもの。
1日に2時間、うしろに、睡眠時間をずらそうとしているのだけど、1日に1時間しか、ずれない。これだと、直撃なんだよな。ちょうと、ものすごく眠たくなる時間に、歯医者に行かなければならなくなる。歯医者に行く時間の1時間先に、眠たくなる時間をのばしたい。行ってしまえば、あとは、治療を受けるだけだからだ。まあ、治療したあと、カネを払うまで、座っていなければならないのだけど、座っているあいだに眠ってしまうかもしれない。ちょうど、直撃なんだよな。まだ、数日あるので、なるべく、いまは、うしろに(大きく)ずらそうと思う。うまく、ずれてくれればなぁ!!
けっきょく、長期騒音の関係のことを思い出して憂鬱なのだ。それは、ぼくの人生だから、しかたがない。長期騒音時代はぼくの人生の一部だから、思い出して憂鬱になっても、しかたがないということ。そりゃ、そうなんだよ。しかし、ずっと続いているわけ。そして、未来に関する不安もある。そりゃ、長期騒音で(いままで)人生全部がこうなってしまったのだから、不安にもなる。
そりゃ、こんなところに、ひとりで、取り残されてしまったのだから不安にもなる。