「もし、自分があと1年で死ぬなら、どうするか」みたいな話って、あーーるじゃ、ないですかぁ。あるある。よくある。でっ、そういう気分になることもあるのだけど、実際には、起きたあと、なにもやりたくない気分のときもある。でっ、「もし、自分があと1年で死ぬなら、どうするか」ということを考えていたときは、やり残してきたことがあり、なんとか、それをやりたいと思うわけ。思うのだけど、実際に行動するかとなると、ちょっと、わからないところがある。 「もし、自分があと10年で死ぬなら、どうするか」という話にすると、だいぶ、余裕ができる。「もし、自分があと30年で死ぬなら、どうするか」という話にすると、もう、ほとんど日常と変わらなくなる。「もし、自分があと1日で死ぬなら、どうするか」……。いやーー。動けない状態で1日ではなくて、元気に動ける状態で1日なんでしょ。なにをするのかね? 自分だったら、なにをするのか? 確実なことだったら、切迫感があるよな。「もし、自分があと30日で死ぬなら、どうするか」……。まあ、1日よりは、切迫感がなくなるけど、これも、自由に動ける状態でどうするかを、考えるわけでしょ。まあ、現実とは、だいぶちがうよねぇーー。ちがうちがう。
起きたのときの、やる気のなさが、ハンパじゃない。
水をコップに入れて飲みたいと思っても、それすら、めんどうなのだ。喉は、かわいている。なんとか、水をコップに入れて、ちょっと飲む。10分すぎる……。20分すぎる。「お湯のほうがいな」と思って、お湯を飲もうとするけど、電気ケトルに水を入れて、わかすという行為自体が、めんどうなのだ。ものすごく、めんどうに感じる。
「もし、自分があと1年で死ぬなら、どうするか」……。
あんまり、かわらないんじゃないか……。おろそしや、おそろしや。