「立場に立つ」は、二重表現なのだけど、許容される二重表現なのではないかと思う。
いちおう、「電流を流す」というのは、二重表現ではないということになっている。
立場に立つの、「立場」を抽象的な場所を指すと考えるならば、立場に立つも、二重表現ではないということになるのではないか。
ようするに、「立場に立つ」は二重表現ではないか、あるいは、許容される二重表現だということになる……と思う。
思うだけだ。
ようするに、なにを言いたいかというと、「立場に立つ」という言葉を、ぼくが使いたいということを言いたいのである。
「立場」というのが、抽象的な場所なら、立場に立つで、別におかしくはない。
「側に立つ」という表現よりも、すわりがいいのである。
さらに、「立場になる」という言い方よりも、すわりがいい。
「立場になる」よりも、「立場に立つ」のほうが「すわり」がいいと思うのは、ぼくだけなのだろうか。
「立場に立つ」は二重表現かもしれないけど、ここでは、使ってみようかなということを言いたかった。
過去記事においても、「立場に立つ(たつ)」と書きたかったところで、「立場になる」と書いたところがある。「立場に立つ」の「立つ」を感じではなくて、ひらがなの「たつ」にすれば、二重表現の感じをやわらげることができる。
というわけで、過去記事の表現を修正する場合があるということを、言っておきたかった。
まあ、「立場に立つ」は、やはり、二重表現なのだろう。
けど、許容される二重表現だと思う。だいたい、半数の人が「立場に立つ」という表現を使っているのだ。これは、違和感なく使っているということだ。
つまり、「不適切な言い方」だとは、思っていないということだ。