アニメ関係のブログを書いていたことがある。
ある人と相互リンクをした。
こっちから、申し込んだ。
でっ、ある人のことをAさんだと言っておく。Aさんが、Aさんの好きなアニメについて記事を書いた。時間的にそのあとになってしまうのだけど、ぼくが、そのアニメのある部分について「社会工学的にあり得ない」と書いた。
別に、Aさんが好きなことは、関係がないのだ。別に、Aさんの気持ちを壊してやろうと思って書いたわけではない。
けど、Aさんは、おこったわけ。まあ、気持ちはわかる。気持ちはわかる。
けど、たとえば、ぼくがさきに、「社会工学的ありえない」という記事を書いたあと、Aさんが、「このアニメのこういうところがいい」ということを書くことは、どうなのかということになる。
たとえば、Aさんとぼくが正反対の意見をもっていたとする。その場合、どっちかがさきに、記事を書いてしまうと、正反対の意見をもっていたとしても、正反対の意見をかけないということになってしまうのだ。
そういう考え方がある。
だから、どっちがさきに、好意的な意見を書いたか、どっちがさきに、好意的ではない意見を書いたかということが、問題になるのである。
さきに書いたほうの意見とはちがう意見を書きたいのに書けないということになってしまう。まあ、
だから、意見は意見だから、さきに書いたほうの意見とは関係なく、自分が思ったことを書けるようにしたほうがいいと思っていたのだ。
だから、書いた。けど、Aさんは、それが気にくわなかったみたいなんだよな。俺が非常識なことをするやつだと思ったみたいだ。相互リンク先の人が、いいと評価したアニメを、批判するなんて、よくないという意見なのだ。
「いいと評価したリンク先の人」の気持ちを考えれば、そんなことはできるわけがなという意見なのだ。
けど、だから、そういうことになると、お互いの意見を自由に言えなくなってしまうので、よくないと思うわけよ。
どっちが先に、あるアニメについて「肯定的な意見を書いたか」ということが、問題になってしまうわけ。
当然、どっちがさきに、あるアニメについて「否定的な意見を書いたか」ということも問題になる。
Aさんの理論だと、ぼくがさきに、あるアニメについて否定的な意見を書いたら、Aさんは、そのアニメについて肯定的な意見を書けなくなってしまうのだ。
だって、そうだろう。
ぼくが否定的にとらえているのに、それを、肯定的に書くということは、ぼくの気持ちを考えない行為だということになる。
だから、リンクはしていても、意見は意見だから、リンク先の意見とは関係なく、自分の意見を書くべきだと思うのだよね。