俺が一度、「やらなくていいです」と言ったことは、やらなくていいことなんだよ。「通れないだろ!!どけ!!!」と怒鳴れば、どいてくれたと思うけど、それも禍根を残しそうだから、怒鳴るのはよくないと思って、怒鳴るのをがまんした。けど、何回も「持って行ってもらわなくてもいいです」と言っているのに、「持って行ってやる」「忙しんでしょ。持って行ってあげるよ」と言って、持って行こうとする。「持って行ってあげる」といって、手をゴミ袋のほうに伸ばすから、89歳ぐらいのおばさんを、ゴミ袋でどけないと、通れない状態なんだよ。あれ、自分が、ゴミ袋を持って行ってあげれば、ぼくが喜ぶと思っているんだよな。感謝されると思っている。けど、何回も「やらなくていいです」「自分で持って持って行きます」と言っているのに、それは無視なんだよ。「やらなくていいです」「自分で持って持って行きます」と不愉快そうな顔で言ってたら、察するべきだ。ところが、相手の表情で、相手の感情を読みとるということが、できないのだ。自分の気持ちだけなんだよな。「持って行ってあげたい」という自分の気持ちだけなんだよ。「持って行ってあげれば、やってあげたんだから、相手は感謝する」と思っている状態なんだよ。何回も、こっちが、「やらなくていいです」と言ったって、それは、聞いているようで聞いていない。聞こえるけど、意味がわからない状態で、「もっていってあげるよ」と繰り返して言う。ともかく、相手が不愉快そうな顔をして、何回も、「自分でやるからいいです」「持って行かなくてもいいです」と言っているのに、持って行ってあげれば、自分は感謝されるに決まっていると思い込んで、「持って行ってあげる」と言う。相手が言っていることを、ごく自然に無視してしまう。あのとき、おこって「通れないので、どいてください」「やる気になって動いているので、じゃまをしないでください」と言えばよかった。門の前に立たれると、門の大きさから言って通れないんだよ。ほんとうに、いつも、いやな結果になるんだよな。よけいなことをするな。おばさんの気持ちが傷ついてもいいから、「どけ」って言えばよかった。
* * *
あーー。この水ぶくれのあとは、一生残るなぁ。色がかわったまま残る。いやだなぁ。一生、あとが残る。いやだなーー。これ、残るタイプだ。
これ、ほんとう、気分がめいる。腹が立ってしかたがない。こういうことになるほうがいやなんだよ。たとえ、こういうことにならないとしても、持って行ってもらうことで、うれしい気持ちにならないんだよ。あの短い距離を、おばあさんに持って行ってもらっても、助けてもらったことにならないんだよ。ほんとうに、持って行ってあげれば、俺が、自分(おばさん)に感謝すると思っている。 持って行かなくてもいいと何回も言っているのに、無視するな。俺の言葉を無視するな。俺の言葉を無視するな。
あの人がおせっかいなことをすると、かならず、いやなことになるから、いやなんだよ。まあ、こういうことになるとは想像していなかったけど……。けど、どけてくれないということで、相当に腹がたった。俺が「持って行ってもらわなくてもいいです」と何回もはっきり言っているのだから、持って行かなくていいんだよ。一回でも「持って行かなくてもいいです」と言ったら、持って行かなくていいんだよ。
「じゃまだ。どけ」と言って、ゴミ袋でおばさんをどけて、ゴミを捨てればよかった。おばさんの心を傷つけないように、しようと思うんじゃなかった。
昭和一桁の人は、こういう人が多い印象がある。もう、じゅうぶんに老人だから、じゃけんにあつかうのがいやなんだよ。一回言ったら、さっしてくれ。「持って行かなくてもいい」ということを何回も言っているのに、そのこたえが「持って行ってあげるよ」なんだよな。これで、持って行ってもらうと、ぼくの気持ちがへし折られたことになるから、いやなのだ。俺が自分で持って行くつもりで、動いているときに呼び止められたということで、あんまり気分がよくない。「自分で持って行くから、いいです」と言ったから、もう、いないなと思って、もう一つのゴミ袋を仕上げて、持って行こうとしたら、まだ、門の真ん前に立っていた。「いや、いいです」「いや、いいです」「自分で持って行くからいいです」と言っているのに、 人の話を聞いていない。
もう、ほんとうに、どかせばよかった。 「どいてください」とつめたく言えばよかった。「どいてください」とつめたく言っても、「持って行ってあげるよ」と言うだろうけど、そのあとは、「どけ」とおこって言って、実力行使でどかせばよかった。けど、そういうことを思浮かべたときに、「ひどいな」と思って、そういうことはしないようにした。気を使うんじゃなかった。
ネズミ工事の棟梁も、おばさんも、みんな、昭和一桁生まれなんだけど、昭和一桁生まれは、こういう人が多い印象がある。まあ、80代まで生き残った昭和一桁の人が、こういう特徴をもっているのかもしれない。はっきり言っても、わからない人がいるんだよな。あれ、ほんとうに自分の気持ちしかないんだよな。「やってやれば、相手が喜ぶ」という気持が、消えない。相手が何回も「やらなくていい」「やってもらわなくてもいい」と言っているのに、「やってやれば相手は喜ぶ」と思っている。何回、言っても、聞かない。こっちが言っていることを、ごく自然に無視して「やってやる」と言う。もう、その時点で、相手をこまらせている。ぜんぜん、感謝したくない状態になっている。相手は、ほんとうは、おこっているんだぞ。自分が言っていることを、何回も無視されて、おこっているんだぞ。相手をおこらすな。
相手は老人だと思って気を使うとろくなことにならない。もう、100%の確率で、ろくなことにならない。