2026年2月26日木曜日

2026/02/26 3:06

 本・要約系のチャンネルというのをYoutube動画で見てしまうのだけど、見るんじゃなかったと思うことが多い。サムネイルに出てくると、タイトルによっては見てしまうものがある。「幸福になる方法系」は、見ることがある。掃除に関しても見ることがある。

けど、掃除に関しては、掃除をして運を上げよう」というような感じのものも多い。純粋に掃除系の動画だと思ったら、スピ系の動画だったりする。このスピ系の動画というのは、割とあるのだ。スピの体裁がないのだけど、じつは、スピ系世界で言われていることが、盛り込まれている動画というのがある。

まあ、「くるしい生活」をしている人は、幸福になる方法には、興味があるだろう。

しかし、マジョリティーは、つねに、「くるしい生活」をしている人たちなのだ。

ようするに、どれだけ「幸福になる方法」の本が売れても、くるしい人の数が減らないということだ。これは、まず、「奴隷労働をしなければならない」というような前提がある。もちろん、恵まれた人は、奴隷労働なんてする必要がない。

けど、多くの人は、じつは、奴隷労働を一生続けるというのが、デフォルトになっている。そして、奴隷労働でも、おカネをじゅうぶんに稼げればよいのだけど、じつは、おカネをじゅうぶんに稼げないという現実がある。なので、くるしい思いをして働いているのに、たいしておカネが入らずに、くるしい思いをしている人が多いということになる。

そうなると、「幸福になる方法」系統の本が、売れるということになるのだ。

だれだって、つらい現実からは、逃げたい。つらい現実を楽しい現実にしたいと思う。しかし、それが、うまくいかない。だから、刺激的なタイトルを見ると、手が伸びてしまう。

ところが、「幸福になる方法」系統の本というのは、情報商材とおなじ「ノリ」がある。本という体裁をとった、「安い情報商材」なのである。そこで言われていることは、「チンプな話」だ。

そして、「条件」というのを無視しているのである。作者が持っている条件と、読者が持っている条件は、ちがう。作者が、苦労話をするのは、「読者とおなじように苦労していた」ということを、誇示するためだ。

これ、作者の履歴にどれだけ不遇時代のことが書いてあったとしても、これは、「餌」みたいなもので、本質的なことではない。本質的なことは、書かれていない部分にある。そして、悪いけど、作者の条件と読者の条件はちがうのである。ちがいすぎるのである。

だから、「むかしむかし、作者はつらい思いをしていた」「自分もつらい思いをしている」「いま、つらい思いをしていても(この方法で)作者にのようにしあわせになることができる」と思ってしまいがちなのだけど、それは、じつは、条件を無視したことによって生じる妄想的な思考だ。本質的な条件を無視した話に、のせられているだけだということになる。 

うまくできた「だましの構造」がある。とくに、有名人がこういうふうに言ったとか、有名人がこういうことをしていたというような話を例としてあげるやり方には、注意が必要だ。

ともかく、作者とはちがう・悪い条件をもっている人は、作者が提唱する方法では、しあわせになれない。これっぽっちも、しあわせになれない。むしろ、作者が提唱する方法で、不幸になってしまう。最初から、しくみがある。 

いつも読んでくださるかたに感謝しております



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