「経験におカネを使いましょう」ということが言われる。「経験は減らない貯金になる」ということが言われる。言われる。言われる。ようするに、どこかに旅に行けば、それがいい思い出になって残るということだ。商品の場合は、買ったらそこでおしまい。買ったあと、価値は目減りしていく。最後には、ゴミになってしまう。けど、経験はちがう……。思い出が力になる。いつでも、思い出せば、それが、力をくれる……。
けどさぁ……。ぼくの場合、長期騒音でそれどころじゃなかったんだよね。全部、ステインがついている。全部汚染されている。長期騒音中、長期騒音以降、どこに行ったって、おなじだ。全部が、つらい思い出になる。汚された思い出になる。思い出が力にならない。経験におカネを使ったとしても、楽しめない。いい状態になれない。
ようするに、普通に暮らしてきたの人の話なんだよ。普通に旅行をすれば、楽しいと思える人たちの話なんだ多。ぼくとは、ぜんぜんちがう。どうしてそういう差ができたのかというと、長期騒音だ。家族の長期騒音で、世界が汚染された。ステインだらけだ。くるしいだけの世界になってしまった。長期騒音で汚染されずに、生きてきた人は、「思い出貯金」ができるのだろう。「経験におカネを使う」と「減らない貯金」になるのだろう。けど、ぼくの場合は、ぜんぜんちがう。「そもそも」がちがう。「そもそもの話」がちがうんだよ。
だから、けっきょく、「このまま、死ぬしかないのか」という問いかけにもどることになる。買い物に行く道で考えていたこと……店内を歩き回って考えていたこと……買い物の帰り道で考えていたこと……。全部、ほかの人はちがう。長期騒音のような出来事がなかった人とは、ちがう。長期騒音の経験がなかった人とはちがう。ちがう。ちがうからちがう。
楽しめるわけがないだろ。