どういうふうに考えれば、不安にならなくてすむかということを、いろいろと考えたのだけど、けっきょく、どれもだめだった。不安にならない考え方を、考えたんだよね。
けど、無駄だった。
今年のことで言えば、やはり、ネズミがでかかった。2回侵入されたけど、1回目のが、ひどかった。あれで、胃袋が壊れた。
これからのことを考えると、どうしても不安になる。大切なときに体が動かないのである。動かしにくいときもある。
動かしにくいときは、あの状態になってしまうのでまずい。
けど、あの状態と言ったってほかの人にはわからない。長期騒音の状態だ。
ともかく、人生がうまくいかなかった。ぼくの人生が長期騒音で台無しになってしまった。このさき、この問題をどうにかできるかというと、できない。
逆転なんてできない。くつがえすことなんてできない。
どういうことになっていたのか、知っているのは、ぼくだけだ。ほかの人にはまったくわからない。
『あれ』がどういう意味をもっているのか、ほかの人にはわからない。
長期騒音の問題をどうにかしようと、引きつるほど、努力し続けた人生だった。全部失敗した毛ではないのだけど、肝心なことは、全部、失敗している。
自分にとって大切なことが踏みつぶされた。体も、おかしくなった。いまも、体がおかしい。これ、ほかの人から見れば、終わった問題のように見えるかもしれないけど、ちがうのである。
陸続き。そのまま続いている問題だ。
まあ、だれに言ったって、この身体感覚はわからない。
今日、歯医者に行かなければならないのだけど、眠る時間がずれている。だから、眠らないで行こうかなと思っている。それでもいいやと思っている。そう思わないと、逆に眠ることができない。
これ、あのときと同じ感覚だから、あの子(A子)のことが気になったりする。ともかく、長期騒音で、長期騒音がなければ普通にできたことが、まったくまったく、できなくなった。
けど、「できなくなった」と言ったって、ほかの人は認めないのである。原因として認めない。
けど、長期騒音が原因でそうなったのはあきらかなんだよ。
ぼくから見れば、あきらかなんだよ。この点で、よその人とぼくのあいだには、溝があるんだよ。その溝の深さといったら、ない。深い深い、溝がある。