風呂に入った。はぁーー。風呂場には、ちょっと心配な箇所がある。なんとか、おかしくならないうちに、引っ越したい。もつかな。
幼稚園が、笛や太鼓を鳴らしていない。たぶん、運動会が終わったんだな。通常のうるささにもどった。よかった。そりゃ、普段だって、幼稚園児は奇声を発している。ギャーギャー言っているよ。けど、笛や太鼓はない。あーー。よかった。やっと終わった。
けど、俺の人生なんだけど、どれだけだましだまし、生きていても、基本的なことが終わらないんだよな。長期騒音のことが終わらない。たとえば、ぼくが、今日、スーパーにバナナを買いに行ったとする。これ自体は、いいことだ。めんどうなのだけど、体を動かしておいたほうがいいと思って、スーパーにバナナを買いに行くのだ。そのときの、気分が問題なんだよ。そのときの気分が、長期騒音にやられて、外に出ていたときの気分なのだ。これは、きつい。あとは、いろいろと、やってきたのだけど、そのすべてが、けっきょく、長期騒音でダメなのだ。けっきょく、長期騒音にやられたあとの体で、動いていても、なーーーんも、いいことがないのだ。みんな、どれだけくるしいか、わかっていない。
ともかく、ぼくには、普通の人が、旅行をして楽しめるような感覚はない。ストレス発散のために、カラオケ屋に行って、歌い倒して、楽しむ……。そんなの、憂鬱なだけで、どうにもならない。これは、図書館に行くとか、本屋に行くというときも、おなじだ。これ、やすらぎにならないのである。だから、もう、ほんとうに、ほかの人とはすべてがちがってしまっている。