昨日は、一昨日の疲れをいやすだけの日だった。まだ、今日もつかれている。いい加減、掃除をしないと、どうにもならい状態になったので、どうにかしたいのだけど、やる気がしない。けど、ちょっとずつやろうかな。
シェディングがだいぶ下火になってきたので、すいている郵便局なら、行ける状態になってきた。なので、行くべきなのだが、自転車をこぐ気力がないのだ。
これ、長期騒音時代の破滅感がつきまとう。
じつは、自転車をこいでいるとき、長期騒音時代の破滅感が持続しているのだ。ぼくとしては、『恋人の墓場』をさまよっているような感じなのだ。『恋人』というのは、当時もっていた『希望』だと理解してくれていい。
どうして、そうなったかというと、実際に騒音が(耐えられないレベルで)鳴っていたからなのだ。けど、これを書くと、相当にネガティブな話になってしまうので、ここでは書かないようにしている。ようするに、細かく書かないようにしている。
問題なのは、破滅破綻期間が、長く続いたということだ。もう、そのあとはダメなのである。ようするに、今もダメなのだ。なるべく書かないようにしているけど……。ぼくのやる気のなさ……は、長期騒音時代がなかった人のやる気のなさとは、ちがうのだ。
ぜんぜん、ちがう。だから、まあ、理解はしてもらえないと思う。
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ところで、自己啓発本を何冊も読んでいる人が、ぜんぜん、よくならないということが、頻繁にあるようだ。実際、自己啓発本というのは、情報商材レベルの詐欺本である可能性がある。確率は相当に高い。
